三塁を蹴る

140字以上書きます

大人の書いた作品に子供が出演するということ

 

ちょっと色々書いてたのだけど、ふと全て自己解決してしまったために全部消してしまった。似たようで違うことを書き直す。

 

んー、なんというかいままで大人の書いた子供の物語に、子供を付き合わせるのはどうもグロテスクだなあと感じていたのだけど、最近『幕が上がる』と『転校生』を見て、そうでもないかもな、と感じるようになった。それはその子供たちが、大人の描いた物語を全力で生き直して、それが大人の意図とは無関係なところで輝くことによる。めちゃ簡単にいうと、その一生懸命さに心打たれるってなるのかな。

ちょっとそれは簡単に言い過ぎて語弊があるような気がするな。実際は用意された物語の中を生きさせられるのだけど、熱意とか若さとかいったエネルギーによって、まるで彼らの物語かのように再編されてしまう、そこの、大人の意図とは少しズレてしまうところに感動するというか。

 

まー最近は三十人三十一脚ならぬ、なんだっけいまは、長縄をのべ何人が飛べるかみたいな小学生のやってるやつでも感動しちゃうしな。ああいうのはもう、大人の意図するとこと違うレベルで熱くなっちゃってると思うんだ。たまにレポーターの人とか、良い事だけどその場の雰囲気にそぐわない質問とかしちゃってるけど、それはもうやってる奴らにしかわからないプライドとか、情けなさとか、苦労とかが生まれちゃってるということなんだろう。(俺もなぜレポーターの人の質問がその場の雰囲気にそぐわないのかわからない。何が正解なのかもわからない。ただそぐわないことだけはわかる。)

 

当然脚本・演出には想像もつかないような部分で悩んだり、誇りに思っている部分が舞台に実際に立っている人には沢山あるんだろう。無論俺が舞台に立っている時にもそういうのはある。そういった異なる次元の、熱意や執念といったものが、子供......まあ中学生とか高校生かな、だと、往々にしてそういうのを剥き出しにしがちだからすごく伝わってきちゃうんだろうな。(プロフェッショナルはそういったものは上手く隠す。)

 

あー、女子高生はサイコーだ......

 


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