三塁を蹴る

140字以上書きます

終わりある日常を生きろ!

 

なんか以前にこのブログで、つまり自分はニーチェの言うところの超人になっちまったといったことを書いたような気がするんだけど、まあ実際の超人の定義と照らし合わせると微妙に変わっちゃってる気もするんだけど、とにかく俺はタイムリープをする気はこれっぽっちも無いってこと。

 

そうそう、時をかける少女を読み直した時に書いたんだったな。でまああれだよ、例えばあの時、あの子にちゃんと思いを伝えておけばよかったなみたいに思ってタイムリープして、で、その子と恋人になれたらそりゃハッピーだし、もしかしたらいま生きてる人生よりもハッピーな現在に至るかもしれないわけだけども、ただ、すると沢山の人が本質的に損なわれてしまうのがつらすぎるから。いまの友人が、もちろんタイムリープ後の世界でもいるにはいるんだけど、それはもう言ってしまえば別人なんだよな......それは無理だ......

 

暁美ほむら......

 

そんな気分を抱えて去年の三月に俺は、それでも春の温かさに浮かされ、もう一度新入生気分を味わいたいと、思わず新たに映画サークルに入ってしまった。三年生なのに二年生に奢りで新歓してもらうのは本当に申し訳ない気持ちになった。

そんでまあ色々あって、新入生だけでとにかく短編映画を撮ってみましょうということになった。4班くらいにわかれて撮ることになって、そして俺は脚本監督をやらせてもらえた。

なんてったって春だった。そして一緒に映画を撮る一年生の皆はキラキラしていた。もしかしたら高校三年生よりもキラキラしていたんじゃないかな。アホみたいだが、このキラキラを褪せさせてはならないな、と思った。

 

そんなわけで、まあ結構鬼畜スケジュールだったのだけど、なんとか映画は完成した。みんな初めてだったし、そもそもの俺が上手くことを運ぶ能力に決定的に欠ける人間だったので、圧倒的手作り感が窺えるクオリティではあるが、やりたいことはやった。

映画のラスト、主人公は部屋を出る。正直に言ってこれを作った当初は、このラストシーンは嘘だなと思っていた。いや動機が足りないとかそういったレベルの話もあるけども、もっと、深いところで嘘だなと、この作品に限らず、あらゆる物事においてこれは存在しえないなと思っていた。

でもいまは、ま、相変わらず出ていく根拠が薄弱であることには変わりないけども、でもちょっと、肯定できるようになったので、もう一度この場で公開させてもらいます。10分くらいのサラッと見れる作品です。よければ見てください。

 

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スピカの皆さん、ありがとうございました。楽しかった。