三塁を蹴る

140字以上書きます

ニャースは或る夜、月が剥がれるのを見た

美しいものに出会った「ああ美しい」という詠歎の言葉のその次に、なぜ悲しくなってしまうんだろう。それはその美しさがいつか損なわれてしまうことを、忘れてしまうことを想像するからだいつか思い出となって忘れかけたころに忘れかけたという痛みが刺してくるのならまだ幸せなほうさ。

 

ロケット団ニャースはムサシとコジロウに出会って幸せだったのだろうか。ニャースの寿命はきっと人間より短い。ずっと短い。彼らは必ず離れ離れになる。決定的に別れる。

ニャースが人間の言葉を話せるように、二足歩行ができるようになったのは人間と仲良くするためではない。好きな異性のニャースが、人間のことを好きだったから人間になろうとしたのだ。しかしニャースは「あなたはただのニャースだ。人間の言葉を話すニャースなんて気持ち悪いだけ」とフラれてしまう。

ニャースは、人間を憎まなかっただろうか。いや憎め、殺したいほど憎んでくれ。どうかそれで、憎んでいい世界であってくれ。

しかしニャースは人間の組織であるロケット団に入ってしまう。ただロケット団は悪の組織だ。もしかしたら人間に、復讐してやろうという気持ちは、なかっただろうか……?

言葉は、アイデンティティに深く関わる。ニャースは作中のほとんどで人間語を用いている。なんなら一匹でいるときさえ人間語で独り言をつぶやいている。それどころかニャースと話すときでさえ人間語を用いている。

ニャースはもう、ニャースのことばを忘れてしまったの……?

ニャースのうた』の二番の歌詞に

ひとりきりがこんなにせつないなんて

いまごろみんななにしているのかニャー

だれかにでんわしたくなっちゃったニャー

 とあるけど、いまのニャースの孤独の切なさを本当に理解してあげられる電話相手は、どこにもいない。だからニャースは「もう一人の自分」を空想する。

ひろいひろいうちゅうのどこかに もうひとりおいらがいるのニャー

おなじようにくさむらで ニャースのうたをうたってるかニャー

 でもいないんだよ、ニャース。お前が人間語を話せるようになって、二足歩行ができるようになったことは、とてもとてもすごい、とてもポケモン技とは思えないことで、だから、宇宙のどこにもそんなニャースは、いないんだよ。

だからニャース、月の美しさになんか見とれないでくれ。月だっていつか剥がれる。世界ははじめから完璧にできているなんてことはない。お前は強くあろうとしてくれ。弱くてもいいから、強くなろうとしてくれ。お前は自分をあきらめて悪の道を選んだのかもしれない。でも善く生きようとしてくれ。ムサシとコジロウといられる時間が短いならなおさら、互いを信じ、気球もロケットも使わずに月までタッチしてきてくれ。それができるんだよニャース。それがお前たちの出会った意味なんだよ。

ぼくはそれを、ずっとまえから何年も見てきたから、知っているんだよ。