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三塁を蹴る

140字以上書きます

怪獣

大晦日の朝に起きるとわたしは怪獣になっていた。

 

夢の中で突飛な設定をなぜかすんなりと理解できるようにわたしはわたしが怪獣であると理解したしかし同時にこれが夢でないということも理解した、夢の中でそれが夢だと理解するのは困難だという反駁はあるが、いま現在この手記を書いている時点までこの感覚は地続きであるからもし読み手が存在するのなら、あなたが私の現実を夢でないと担保してくれることとなる。

まだ空は黒と分化しておらず街は密やかで余計に時計の秒針が煩かったので遠くへ置いた。

怪獣になったと書いたが見た目に何か巨大化したとか鱗で覆われたとかいった変化があったわけではなく、連続していたしかし、怪獣だった。

女が隣に寝ていた。暗闇の中で女の顔はよく見えなかったが、寝息は、苦しそうでときおり口から空気を吐いた。私は暗闇に目が慣れるまで女が空気を不自由に出し入れするのを観察しながら、いまこの女は生きるために呼吸をしているのだ、この女は生きているのだ、という奇妙な感慨を抱いていた、飽きなかった、そして女の顔を正確に認識した瞬間、私は人間だった頃のすべての記憶を喪っていることに気がついた。

女が起きるまで五時間、枕元に置いてあった漫画を読んで待った。中途半端な巻からだった、が、その漫画でも普通の人間が突然謎の能力に目覚めていた。しかしそれによって自らの実存が脅かされるということはなさそうだった。その代わりに、彼らは闘っていた。

明るくなり女が起きたので食べた。

女を飲み込むとき、この女がいなくなることで悲しむ人間がたくさんいるのだろう、親、兄弟、親戚、恋人、友達、同僚、上司……といったことが考えられたら少しは人間らしい部分が残っていたと思えただろうが怪獣なので当然そんなことはなかった。あるいはこれでもう人間には後戻りできない、人間の心を決定的に喪ってしまうことになるという悲しみや諦念といったものも、なかった。ただ中途半端に充たされた食欲が眠気を誘っていた。

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テレビを点けると高校生の母親殺し練炭自殺ホームからの転落事故と、大晦日だろうと不幸は関係なしに起こるのだなと思わず笑ってしまうような最後のニュース。若いタレント二人の結婚報告だけが救いのようだった。速報。怪獣が現れた。遅いよとまた笑う。

中継の映像は鎌倉から上陸してくる巨大な怪獣を映していた。なんだこれは?わたしじゃないのか?怪獣は怪獣らしく建物をなぎ倒していく逃げ惑う人々が画面いっぱいに映し出される。

なんだこれは?

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ソファーに深く身を埋め知らない部屋を見渡すこれが最後の光景か。怪獣の足音が響いている直にここも潰されるだろう。わたしも怪獣のつもりだったのだけど。こんなことなら女を食わずに一緒に終りを迎えるのも悪くなかったかもしれないな。崩壊していく景色の中で、わたしの心はどこにあるのか尋ねながら、悪くない一年だったと。