三塁を蹴る

140字以上書きます

俺はもう笑わされていたい

同期がいつしか言っていた「作家が死に物狂いで提出してきた努力の結晶を、どうして凡人の私たちがボツにできる?」(意訳)ということについて考えていたような気がするここ数日は。まったく働いてないので全部思考実験だけど、色々試してみた結果、「凡人の僕よりつまんないなんて許さねえぞコノヤロ」という態度である程度までいける気がした。そのためにも僕たちは勉強するしかない?

待合室みたいなところで他の就活生と一緒になる三次面接あたりから、ずっと、「自分がこの集団の中で一番フツーでありますように」と願っていた。高校のときも願っていた。大学ではナラズモノを目指して、諦めて戻ってきた。

そして自分が一番フツーな集団にいたいぞ。周りの人も僕を一番フツーだと思っていて、僕も安心して自分を一番フツーだと思えるような集団にいたいぞ。それが理想。それがユートピア

会社の同期では最初一瞬、僕がヤバい奴みたいな扱いを受けかけて本当にやめてくれ、僕はそうならないことを期待してこの会社を選んだんだぞ、それならコンサル行ったほうが良かったぞ、と暗い気持ちになったけど。でもちゃんと、どんどんフツーになっていった。逆に最初フツーだと思っていた同期はどんどんヤバくなっていった。気づいたらいつも笑っているな自分。僕は相槌をうつ。漫然とテレビを見てひたすら笑っている人の気持ちがわかった気がする。面白いよなあ。誰も笑わせなくても、笑わせてくれるなんて、すごいよなあ。

せめてより良い相槌をうつために、たくさん本を借りた。