三塁を蹴る

140字以上書きます

ラオスに行く友達の送別会をして、別れについて思ったこと

ラオスに行く友達のために送別会が開かれた。二年は会えない。別れはいつだって悲しい。でも本当に悲しいのは彼との別れではなかったのかもしれない。実は、時間は大した問題じゃない。

彼を見送るために集まった友達。その中には二年以上会っていなかった人もいる。しかし「お別れ」していたわけじゃない。そんな意識はなかった。そう、ほとんどの「別れ」は気づかないうちに済まされている。僕がその送別会で本当にこわかったのは、ラオスに行く彼と二年間会えないことじゃない。彼には二年後きっと会える。こわかったのは、彼を見送る他の友達と会えなくなることだ。最後の最後、別れの挨拶をしながら(これはラオス行きの彼としたものよりずっと簡素なもので、まるでまた来週にも会うかのような調子だったが)僕ははじめて別れを意識した。

しかし、本当はこんなことも気にしなくていい。

ある別の友達に久しぶりに連絡するときに、気恥ずかしくなった僕は「前の友達に会いたくなって」なんて書いて、すぐに消した。「前の友達」ってなんだ? お前は馬鹿か? しかし、そのときの僕は、どうしてもそういった書き方しかできず、やむなく連絡をあきらめた。本当に馬鹿だな。

「今度、会おう」というだけでいいんだ。だってお別れしていないんだから。時間は大した問題じゃないんだから。